日本語ラップ近代史②(2020/1/5)

日本語ラップ近代史②、後編を書きたいと思います。


「おっと、それは違うんじゃね?」
というご意見は、御尤もでございます。

MCバトルで活躍したラッパーと当時リリースされていた作品を確認するだけの簡単な横軸(同時期の作品・できごと)の比較することで
日本語ラップの縦軸(過去・現在・未来)の一面についても少しだけ語りたいと思っているだけです。

何も調べないで書きすし、過去の記憶を今から辿って、後付けの理由・妄想、積極的に誤解させたいという意気込みで書くので、
信ぴょう性なんて、とんでもないです。暇つぶしに読んでくださいませ。

2010-2011年

2009年、鎮座DOPENESSが優勝することで、UMBが日本語ラップのビギナーが参加しにくい大会になりりつつありました。
「できっこねぇ」という初心者の感情と、
そもそもビギナーリスナーは、「凄いのは、上手いのは脊髄で分かるけど、ステージに立っている両者は、どういう基準で勝ってるの??」
という八段の剣道の先生の試合を見たときの感想が溢れました。

ラップ基礎体力勝負になってきたので、「初段 対 八段」という火を見るよりも明らかな対決なら、
8小節×4本聞き終えるまでもなく「鎮座DOPENESSの勝ちでしょ」となんとなく感じるのですが、
「七段 対 八段」のような雲の上の対決では、ラップ素人童貞たちは、よく分らないものになってきました。

UMB2009年本選2回戦の「鎮座DOPENESS対PONY」とかよく分りません。
「勝敗は、好みじゃん」という絶対に口に出してはならない呪いの言葉です。
そうなってきたら、最も口外を禁じられている「勝敗は、人気対決じゃん」です。




そんな中、UMB2009年東京予選2回戦でメシア the フライに負けた晋平太が、再起をかけて「勝つための修行」を始めます。
これが良かったのか・悪かったのか、その修行の様子を「はじめの一歩」として、動画をYOU TUBEにアップし始めたのです。(ユーチューバーのはしり。しかも今より質が良い。)
22歳でBBPで優勝した”バトルエリート”の晋平太がことごとく、若手のラッパーにボコボコにされていく様も堂々と自身のチャンネルでアップしていきます。(今では、その動画のおおよそが無くなっています。。。貴重な文化的資産が。)

なお、”バトルエリート”晋平太はBBPで優勝して以降、”まともな”音源を出さず、
代表作が「City of Angel」と「Street Dreamer part 2」といった始末でしたが
心配ご無用、”バトルエリート”晋平太は、2009年大前提となってたラップ基礎体力を数々の修行のすえ、
勘を取り戻し、かつトレンドに合わせてバージョンアップさせます。
そんな器用さを持ち合わせているうえに、高校球児ばりの熱さも持ってます。

2010-2011年の晋平太の良かった点は、「MCバトルで勝つ方法をみんなに教えた」と「フリースタイルが上手くなる方法をみんなに教えた」2点です。
勝つ方法を具体的に言うと(今では常套手段ですが)、「トドメをさすバース・パンチライン・韻を懐に忍ばしておく」です。

これで圧倒的に、日本語ラップの一見様にも分かりやすいように
「おお、今、トドメをさしたんじゃないのか???」と、観客に声を上げさせやすくしました。

悪かった点は、「MCバトルで勝つ方法をみんなに教えた」点ですかね。笑 
表裏一体で、2011年以降、多くのラッパーが晋平太の「勝つ方法」を学びました。

そんな「勝つ方法」を、晋平太と同時期に、さらに晋平太よりも精度高く身に着けていた大阪の19歳の少年R-指定は
不幸にもUMB2010年本選1回戦で、晋平太と対峙します。

自身の楽曲がなかったためか、椎名林檎の本能をBGMで登場し、シャウトで「ちんぽ」という尖りよう(痛さ)でしたが
勝負は、解説するまでもないほどに有名です。



2010年の本選は、この2人を除いて、「勝つ方法」が定まってないけど、ラップ基礎体力がずば抜けた一流のラッパーが並びましたが
晋平太は、土壇場で全ての一流ラッパー(FEIDA-WAN, JAG-ME, DDS, CRESS, RHYME&Bなどなど)をなぎ倒しました。
なお、2010年の晋平太の優勝は男泣きでしたが、「はじめの一歩」を通して、心打たれたYouTube越しのヘッズたちは
(西の民を除いて)みんな応援していたと思います。

2011年も、全体的に「勝つ方法」を身に着けた(≒バースの最後で着地できる)ラッパーがDOTAMA, NAIKA MCなど勝ち上がった印象です。
R-指定は、期待され過ぎて優勝できないM-1の和牛みたいな負けた方を続けます。


ここで楽曲を上げたいのですが、SEEDAは一旦引退宣言しています。(のちに、ひょっこり復活のうえ、2011年「SEEDA/BREATHE」)
BESもよくない草・薬のせいで体調不良により、一線を退いています。
多作のS.L.A.C.K.も、2011年の震災後の形態になるまで、一旦休憩です。(なお、PSGは、2009年に「PSG/David」をリリースしており、今やど中心のPUNPEEは2017年まで全国流通のアルバムを出しませんし、名作ミックス「PUNPEE/MOVIE ON THE SUNDAY」も2012年です。)

この時は、SEEDAとBESを支えたトラックメーカーBACH LOGIC全盛期です。
2010年「RHYMESTER/マニフェスト」

2010年「DABO, ANARCHY, KREVA/I REP」

2011年「NORIKIYO/メランコリック現代」

2011年「SIMON/TWICE BORN」


上記は、BACH LOGICのプロデュース作な気がします。
SD JUNKSTAはおおよそ全員プロデュースしていた記憶がありますし、
後にプロデュースするAKLOやSALUは、ミックステープを2010年ごろにリリースしていた記憶です。

他に、ここらへんの年代の作品は
2011年「RAU DEF/CARNAGE」(草食動物に対して牙向く事件)

2011年「MACCHO, NORIKIYO, 般若 & DABO / BEATS & RHYME」

2011年「SIMI LAB/Page 1 : ANATOMY OF INSANE」

2011年「ANARCHY/Diggin’ Anarchy」



晋平太が優勝したことにより、日本語ラップの楽曲のトレンドは当然何も変わりませんでした。
ここらへんから、MCバトルと曲(内容・ラッパー・リスナー)の乖離が始まりました。
2010年までにあった日本語ラップ業界中心のラッパーが参加し、年末の大会で優勝する「有終の美」というオチがなくなってしました。
それとR-指定は、有名どころのラッパーがUMBの予選だけ参加して、過去に許されていた(ひょいひょい勝つ)ことを、絶対に許しませんでした。

優勝した晋平太に殺されるならまだメンツが保たれるのに、
晋平太の「勝つ方法」を身に着けたジェネリック”バトルエリート”たちが確実に相手を仕留めてくるため、
曲を中心に活躍しているラッパーが気軽に参加できるMCバトルがなくなりました。
当然、MCバトル村と楽曲街は、乖離します。

そして、事態を悪化させるように、晋平太は、これといった楽曲もリリースしませんでした。
2011年「晋平太/REVENGE」リリースしたけど、、コメントを控えます。
(なおチプルソは、すぐに「チプルソ/一人宇宙 -起源FREESTYLE-」を2011年にリリースする優秀さを発揮)



ラップ基礎体力が抜群であり、確実に相手を仕留める”バトルエリート”こと晋平太(とジェネリック”バトルエリート”たち)に対して
三下ラッパーが言えるディスは、「バトル強いけど、楽曲がダサい」の一本槍しか残されていませんでした。
2010-2011年以降から、「MCバトルで強いラッパーは、楽曲がダサい」という概念が根付き、
バトルヘッズという侮蔑用語が生まれました。

晋平太は、BBP優勝以降衰退した過ちを再度繰り返し、
過去未来例を見ないほどに”バトルエリート”であり、楽曲を作らなさすぎた失敗を2度も繰り返しました。

2011年は、確実に名前を上げるため、MCバトルを独自に研究しつくした殺戮マシンことチプルソもUMBの制覇を企み
上記のトラウマを抱えたR-指定は、親の敵を討つかのようにUMBを3回連続で制覇しました。

色々と脱線しましたが
要約すると、2010-2011年、晋平太とR-指定という超エリートの登場により、排他的なMCバトル村の形成が進みました。



2012-2014年


HIDADDYの3回連続UMB本選で歯がたたなかった悲劇を繰り返したくない西の民の期待と祈りを一身に受け
梅田駅というファイトクラブで磨きに磨いたR-指定の前に一流のラッパーたちは無残に去っていきました。

また、大阪以外の各予選でも梅田サイファーのラッパーたちは活躍し
KBDが東京予選を優勝することような由々しき事件もおきました。

また、チプルソは、UMBの鬱憤をぶつけるかのように、戦慄MC BATTLEに出場したラッパーたちを後かたもなく殲滅し、
晋平太が2年連続で優勝する時代に怒り狂ったかのように、西のラッパーがMCバトルで活躍した年かと思います。

なお、当時の楽曲は、BACH LOGICは活躍しますが、
BCDMGや(LBと)otowa、BUZZER BEATS等のトラックメーカーも目立ちます。
2012年「SALU/IN MY SHOES」


2012年「AKLO/THE PACKAGE」

2012年「SKY-HI/SKY-HI presents FLOATIN’LAB」

2012年「サイプレス上野とロベルト吉野/MUSIC EXPRES$」

2013年「KOHH/JUNJI TAKADA」(ファーストアルバムの「KOHH/梔子」は、2015年)

2014年「KOHH/MONOCHROME」




例に漏れず「曲がダサい」と揶揄され(ファーストアルバム「R-指定/セカンドオピニオン」おおこけしたらしいです。
ぼくは大好きな作品やし、今は高値で売買される様子)、
R-指定は、忌まわしき呪いの復讐を誓うかのように、穢れを知らないDJと手を組みます。(2013年)


2014年頃まで見られた「力を抜いた歌い上げるようなフロー」のSALU, GOKU GREENなどが見られ、
それとは違った形のフック名人のJAZEE MINOR、AK-69、COMA-CHIなどが活躍し、
ラッパー1人で日本語ラップに強い音楽性を付加しました。(ラッパーの弱点は、なんと言っても華のないフック。)


一方で、
2012~2013年、LIL KOHHの力を借りて現れたKOHHは、2014年に傑作のセカンドアルバム「KOHH/MONOCHROME」リリースします。
2015年「KOHH/DIRT」の影響はでかく、2017年頃まで、日本語ラップに変革を与え続けます。

2012~2014年において、MCバトルは独自の進化を続け、楽曲においても劇的な変化が見られました。
SKY-HIがMCバトルで健康的に活躍したうえで、楽曲に精を出すも、この年代において、MCバトルと楽曲は、まだ別物な印象です。
(チプルソも最も健康的な売名行為です。)

2015-2018年


もう記憶が新しいと思うので、書くことがなくなってきたので適当に持論を展開しますが
2017年までジェネリック”バトルエリート”が覇権を握り続けます。
2015年 優勝CHICO CARLITO 準優勝DOTAMA
2016年 優勝NAIKA MC 準優勝ヤングたかじん
2017年 優勝DOTAMA 準優勝ふぁんく)

(この時の獨協大学卒業生の上手さは好きでした。なぞのnujabes beatでの優勝フリースタイルも)

2012年に手探りの中で始まった高校生ラップ選手権は、2013年ごろには若い世代のスターを生み出し
2014年ごろには皆が認めるラッパーも生み出しました。ついで、ZEEBRAによる深夜番組もスタート。

2018年UMBは、ラップ基礎体力が秀でたMU-TONが優勝しますが
MCバトルの乱立とYOU TUBEの拡大による「ジェネリック”バトルエリート”への飽き」が原因かと思います。(「もうこの展開観たぞ」的な。)
明らかに、YOU TUBEで違法に出回った動画を違法に視聴する人口の増加と、違法なほどに使いまわされた「勝つ方法」が目立ちました。
(とはいえ、昔も、ニコニコ動画で違法にアップされた動画を違法に視聴する人は多かったと思う。) 

ここまで来たら、競技性の高いMCバトルへの大喜利大会(裏切り・切り口)のスタートです。

マジカルラブリーがラジオで言ってましたが、今のM-1(漫才)は、
たとえば「こんな遊園地は嫌だ」というお題に対して1週間考え抜いて、
ローションまみれの裸で、フリップもなしに、階段から滑り落ちながら「これでーす!!!」と叫ぶようなもので、
”M-1(漫才)”というお題に対する大喜利でしかありません。(つり革のネタとかね。)

MCバトルに対して、作りこまれたキャラクター:
・めちゃくちゃ悪そうに、危ない草の話ばっかりする;
・キノコカットの丸眼鏡文系男子;
・奇天烈なことを言いながら叫ぶ、英語に近い言語とマザファッカーに近い言語で奇声を上げる;
・バンダナを巻いてそれっぽいことを繰り返しながらトラップする;
・貧乏自慢に対して金持ち自慢をし出す;
・ラップ下手だけど1つのパンチラインだけ隠し持つ;
・フリーザの恰好して出てみる; and
・アイドル、女の子
などなどで勝負するフェーズです。
ここまできたら、みんなの期待を超える・裏切ること(大喜利)が一つの命題です。

むしろ、正統派漫才師のミルクボーイが、目新しく・かっこよく理解でき
楽曲全くないビハインドはあれど、ラップ基礎体力が高いMU-TONが優勝する世界線もよく理解できます。

一方で、Authorityが優勝する年もあったりするので、
「ラップ基礎体力オバケ(中堅) 対 バトルエリート(若手)」という構図がうっすら完成し、
”バトルエリート”の当日の調子によって、優勝する中堅が決まるのが定石になりそうです。

やっぱり、”バトルエリート”の薬は、一度手につけてしまえば最後
楽曲が定着するまでにキャラクターを付加してしまうことで、周りの目が否が応でもついてしまい
楽曲の質に若干の影響をきたしますが、MCバトルの選手生命をかなり延命します。

「韻」の刀は、かなりの手入れが必要とされ、一度一線を外れると刃こぼれが目立ちます。
やはり年齢と頭の回転が必要とされます。韻のアキレス腱は、繊細ですが、その分魅力的です。
FORKの大幅なスタイルチェンジと2020年優勝した早雲の若干のシフトチェンジは、やはり”エモい”です。




楽曲面でいうと、アジアで88risingやkeith apeの台頭で
日本語ラップは、世界から見たらほぼ鎖国状態で、肩身が狭い(日本も仲間に入れてほしい・さみしい)気もしましたが
「それはそれでいいかなぁ」と思ってきました。みんなのKOHHが、ぼくたちにはいますし、、、

2017年「PUNPEE/Modern Times」といった日本語ラップの1つの指標が打ち出され、みんな大いに喜びました。

少し飛びますが、現在、THA BLUE HERBとは違った多くの信仰心が強いヘッズを引き連れるカリスマこと舐達麻、
かなりドメスティックな方向に、2020年「sic(boy)/CHAOS TAPE」や「JUBEE/Mass Infection 2」といった新しい切り口も用意されました。



そして、何を隠そう紅白こそ逃したものの、テレビで見ないとき、ラジオで聞かないときもないくらいに売れに売れまくってる
Creepy Nutsがいるためか、「MCバトラーの楽曲はダサい」という謳い文句も言われなくなりました。(、、、、そうかな)

「Creepy Nutsはヒップホップじゃねぇ」と言った日には
未だに前澤社長の貯蓄額くらいにMCバトル貯金があるR-指定にMCバトルに勝たなくちゃならないですから
SNSをしていないR-指定に見つからないように、Twitterでせこせ悪口をツイートするしかありません。(情熱大陸でたときにとか)

後、深夜テレビも想像を超える日本語ラップ的には長寿番組になり、「高校生ラップ選手権」が高校生の夢の舞台になったことと
THA BLUE HERBなどの偉大なレジェンドたちのMCバトルへのアレルギーが減ってきたことも起因していると思います。


2019年以降は、MCバトルを否定する機会も減ったことに加え、
逆にMCバトルで優勝した(優勝するような・上位に位置する)ラッパーの楽曲のリリース(質の向上)があり
楽曲との親和性が発生しました。
MCバトルが独自の孤独な村社会を形成したにもかかわらず、約10年かけてMCバトルが全体的に歩み寄り(すり寄り・同化する努力)がありました。
(MCバトルを健全な売名行為として捉えるような機運)



2021年以降のMCバトルは、全盛期の晋平太、R-指定、チプルソを超えるラッパー新生も観てみたいですが
基礎体力がバケモノで、いなたいTAKASE from HI-KINGのようないぶし銀ラッパーが活躍する世界かなぁと思っています。
ただ、感染対策などありますから、MCバトルは大幅に減ると思うので
地方予選から多くの屍の山を積み上げ、血まみれで、瞳孔ひらきっぱなしのMCバトルのニューヒーロー減ると思います。

それよりも「ラップスタア誕生」のように、楽曲中心の日本語ラップが展開するものとわくわくしています。
2021年は、どんな日本語ラップがあるんでしょうね!!

以上、(妄想・虚言)日本語ラップ近代史(①前編(2005-2009年)②後編(2010-2018年))でした。



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